クリニック通信

076. 食べることは生きること

2023/2/28

突然ですが、想像してみてください。
もしあなたが画家だとして、
『あなたの絵で一室設けたい、そのための作品を描いてほしい』
有名で高級なレストランからそんな依頼を受けたら、あなたならいったいどんな絵を描きますか?

実際にこんな依頼のもと描かれた作品が、佐倉市にあるDIC河村記念美術館にあります。
通称、ロスコ・ルーム。マーク・ロスコという画家の描いた7枚の作品だけで成り立つ、とても不思議な空間です。

作品ひとつひとつがロスコ・ルームの壁なのではないか──そんな錯覚をするほどおおきな作品たちに圧倒され、わたしは怖気付いてその部屋を出ました。それも、入ってすぐに。
耳元で流れる音声ガイドのやさしい説明は右から左です。完全にパニックでした。
ただ、いつまでもぼんやりしていられないので、深呼吸をして(それも何度も)、意を決して進んだロスコ・ルームでの感覚はやはり不思議で、ただそこに絵があるだけなのに目まぐるしいようで。
その部屋には最新の技術も何もないのです。むしろ絞られた照明のもと、じっとそこに絵が存在しているだけなのに与えられる情報量の多さと言ったら。驚く、なんてものじゃありませんでした。
残念ながらわたしは、絵画について明るいわけではありません。
こうして気の向くまま美術館に行くなどして、あの絵は好みだな、モネの水の色はあの辺りが好き、レンブラントの光加減は現代の美肌加工に通ずるよね、なんてきっと画家本人が聞いたら呆れる(あるいは怒られるかもしれない)ような感想ばかり。
それでも、そんなわたしにも『体験を与える』ちからが、あの部屋、あの絵にはあるのだとおもいます。
これまでずっと『絵は見るもの』だと思っていました。けれど、体験もできるものだったんだ、と。
新たな楽しみかたを知って、とてもうれしくなりました。絵と少し仲良くなれた気がします。

ロスコは結局、『雰囲気に合わない』などと言ってレストランに絵を引き渡すのをやめたそうです。
素敵な作品ではありますが、少なくとも食欲の湧く絵ではないとおもうので(それが彼の意図でもあったとかなかったとか)、食べるのが大好きなわたしはその事実にほっと胸を撫で下ろしたのと同時に、こうして彼の意図を汲んで展示している部屋があることに、そっと感謝したのでした。
[K]

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