クリニック通信

081. その心、うらはら

2023/6/30

子供より親が大事、と思いたい。

太宰治の『桜桃』という短編は、こんな書き出しから始まります。さあ読むぞ、とページを開いてこんな書き出しだったら、皆さんぎょっとするのではないでしょうか。そして、どういうことなの、とつい読み進めたくなってしまう。いやあ、さすが文豪です。堂々と言ってはいけないこと。けれどきっと、誰しも身に覚えがあって、本当は言ってしまいたかったこと。そして「そうなんだけどさ、でもまあ本音はね」という描写の奥行きまで人間臭さに溢れていて、太宰の人柄がうかがえます。時代が違えど、大変なことはやっぱり大変だったのだな、表に出すことばと、こころのなかはまったく別物だったりするのだよな、と。久しぶりに桜桃を読み、しみじみそう感じたのと同時に、太宰が文豪と呼ばれ、今でも人気な理由がわかる気がします。

6月19日、太宰の生誕日で遺体が見つかった日。桜桃忌と呼ばれ、今でも墓前には大量のさくらんぼが供えられるそうです。

友人の誘いで行った太宰モチーフのアフタヌーンティーでは、さくらんぼではなくアメリカンチェリーでしたが、はち切れそうな実を食べては種を吐き、食べては種を吐き──太宰のこころのなかを、思い描く時間を過ごしたのでした。[K]

▲